諸行無常の響きあり

はてなダイアリーにブログ移転しました。
http://d.hatena.ne.jp/nanatsuhachi/

心機一転して久しく、しかしこのブログは悪い例として放置していました。
そんなに変わっちゃいません。ただ活き活きとしています。

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最善の方法をじっくり考えるチャンスだ。 ――『パラノイド・パーク』

どうも。とある後輩の発言からツイッターを見るのが嫌になってうまい具合にツイッター離れに成功しつつある七津です。スタートメニューからは消した。

サークル員でプロを目指してる人間なんて三年以下はどうやら俺ぐらいのようだし(一年のわからん連中はまあわからん)、「アマだからって手を抜きたくない」って考えてる者たちの存在は非常にありがたいが、「どうせサークルなんだから」としか考えてない者共も混ざってると話を合わせるのに大変神経がすり減らさざるを得ないのも事実、なんて悩みは今さらすぎてもはや愚にもつかんわな。そいつはいいさ。思い通りにならんことをいつまでもグダグダいうのは子供じみている。

しかしまあ、自分に正直になれば苦手なものは苦手なわけで。

「自分の作品には思い入れがあるから勝手な設定を付け加えたりして遊んでほしくない」

こんなこと言うやつの作品は、本能から読みたくない。

作品は外に出した時点でもはや作者のものではない。そこからどう憶測を飛ばそうが読者の自由。作品は読者のものである。――もちろんこれは俺の価値観だ。他人に押し付けるつもりはない。しかし、俺個人の好悪という感情は間違いなくこの点で左右される。

口を動かさなくても喉から声が出るぜ。――読者にそういうふうに作品をイジってもらえること、それがどんだけ幸せなことなのか、どれだけ創作者として名誉なことなのか、てめえわかってんのか――と。

だいたい、読者に「こういう読み方をしろ」と強要する気配があるのが気に食わない。知ったことかというやつだ。「こういう読み方」以外してほしくなかったらどうすれば「こういう読み方」をさせることができるのか研究して「こういう読み方」以外できないように書け。てめえは自分の力量不足を棚に上げて読者を指差して怒鳴り散らすのか?そんならもう書いたもん外に出さなくていいだろ。てめえのホームページにでも上げとけや。

というか、そもそももう読ませるために書いてるんじゃないんじゃないかという気までしてくる。「書いた=満足」の構図。執筆することが目的であって、人に読んでもらうのはついで、オマケ、特典、(執筆を)頑張った自分へのご褒美。

読者ってのはな、てめえを喜ばすためのアメちゃんじゃねえぞ?

俺たちは、てめえのオナニー汁を読者に呑ませるために冊子を刷ってるんじゃねえぞ?

……という感じに怒りに尾ひれがついていく。

理性「ただの考えすぎだろ、もし間違ってなかったとしても相手は若いんだ、というかいろいろと明らかにガキなんだ、BOXでの振る舞いも高校四年生なんだ、将来あれがそれを自覚するかしないかなんて七津八には関係ねえだろ、プロの世界に入ってくることだって万が一にもねえよ、好きにやらせとけw」

瞋恚なんてものはこうして処理できる。怒らない、怒らない。しかしだ、作品を読む気は、失せるわな、当然。校閲の気力も。

ところで、転学部には失敗した。

おいおい、他人にかかずらってる場合じゃないだろというのは本当の話。

いやまあ、第一希望がオワタしたらもうお仕舞いだ、なんて用意のないギャンブルに臨んでたわけじゃないさ。メンタリティやバイタリティの困難(総合すると決断力や実行力のハードル)はあっても、ちゃんと次の手の候補は考えてある。とりあえずは一休みだ。なにごともペースが大事。

無論、あとちょっとあとちょっとなんて無様な真似は、するかもしれない。なるべく努力はするがね、なんて言うだけなら簡単なのだ。

理想的な第二希望としては、教授たちに四月まで卒論への取りかかりを待ってもらい、今回の電撃大賞を最後に文芸活動を一旦自重、元の学部に返り咲くというもの。文芸活動に力を入れたままフレキシブルに動けないことはもう折り紙つきだ。この惰弱っぷりw。

まあ別に執筆をやめるわけじゃない。堅実な人生を送る努力をしながら細々と執筆を続け、いつかデビューするぞと思いながらコツコツ書き溜めていく。

最初からそうしとけばよかったじゃねえか、というのはもっともな意見だ。だが、それができてりゃそうしてるっつーの。できない理由があった。文字にするとくだらないから、書かないけど。

今日、久々にヒトカラに行ってきた。憂さ晴らしというわけだ。一時間しか取らなかったが、なんと一時間ももたなかった、体力が。

ああ、なんか、ちょっと無理あるなー、と思った瞬間だった。

なにごともペースが大事。俺のバイタリティだと、今のペースはちと、いや、かなり無謀っぽい。

執筆自重、できない理由はあるけれど、しない方がもう無理、って、わかった。

はてさて、できるかなー、第二希望の通りに動くこと。メンタリティ次第だよ、マジで。第三、第四希望もあるっちゃある。どっかでぐんにゃり折れてそっちへ転がらないとも限らない。今は、そんな気はさらさらないけれど。さらさらないから、好き放題言えてるだけだけれど。メンタリティの話は、本当にするだけ無駄、というか、メンタリティこそ案ずるより産むが易しなのだよ。

【映画】 こっちもそろそろ自重だー。週三に減らしはした。

『ファイナル・デスティネーション』大昔に一度視聴。ピタゴラスイッ死が楽しい。ラストが記憶と違ってちょっと不満。未公開シーンには笑った。

『マルコヴィッチの穴』面白い。後で考えると首を傾げる設定が多いが、SFを愛憎劇テイストのプロットで行ったものとしては秀逸。

『THE QUEEN』英王室にひたすら目を奪われる。史実モノにしては一面的だな。ブレアかっこよすぎるだろ。

『七人の侍』黒澤明を観ようフェア。むしろ世界のミフネを観ようフェア。ラスト15分のための前後半三時間超は決して長くない。

『デッドコースター(ファイナル・デスティネーション2)』非常階段が目に突き刺さって死ぬ映画。無印からの続編仕様。ピタゴラスイッ死よりも死の非予測性を強調してきた。

『用心棒』黒澤明いやむしろミフネを観よう(略してクロミミ)フェア。権造じいさんはじゃがいも黄門様だった。卯之助も好きだよ。二組織の抗争に主人公が外部から絡んでいく話はいつか書きたい。

『GANGS OF NEW YORK』これも大昔に一度視聴。移ろいゆくマンハッタンの景色が忘れられない。世界観というか価値観や時代観が俺得すぎ。靴屋のダニエルさんマジ最高でした。『シャッター・アイランド』観たい。

『ファイナル・デッドコースター(ファイナル・デスティネーション3)』ピタゴラスイッ死をほとんど捨ててきたな。シリーズとしての失速が酷い。登場人数増やしによる尺の圧迫が端的な原因であると推察。4を見るモチベーションが……。

『オーストラリア』シアター向きの映像美。主演二人がかっけー。脚本も綺麗で、中で前後編に分かれているおかげで160分あるがそこまで退屈しない。ただし意外性があるわけではないので、人によっては退屈かも。合成処理のレベルだけやたら低い。ちなみに髭を剃ったウルヴァリンが観れる。

『敬愛なるベートーヴェン』強いて人に勧めるような作品ではないが、第九やその他BGMを聴くためだけに観ても損はしない。エド・ハリスは文句なしに上手いがベートーヴェンとしてどうかと訊かれると好みが分かれるんじゃなかろうか。ダイアン・クルーガー化粧っ気ない方が可愛い。てかサービスしすぎだろ。フトモモとか乳とか乱れアップにメガネとか、ごっそさんです。

『シザーハンズ』ティム×ジョニー始まりの地。観てみてよかったティム・バートン。創造の根幹に想像があるという意味では彼がやはり素晴らしい。古き良きだとしてもこれはいい映画だ。

『トランスポーター』日曜洋画劇場で観た。ハゲカッコいい。「憧れ」や「趣味」を注ぎ込んで創造するという点ではリベソンが熱いようだ。彼のいい意味でオタクっぽい側面が垣間見える。

『いつか読書する日』つけっぱで観てそのままにしてしまった。確かに派手なものではないし、秀逸というわけでもない。グラス片手に静かに観る映画。

『長い長い殺人』日本のミステリーは面白い。とにかくプロットが秀逸だ。サイフが語り部というのもまた機能的にもセンスの面でも素晴らしい。映画としてはどうかって?土壌が狭いからなあ…。

GOSICKのアニメは酷かった。主に脚本。若干強引な流れという改悪ならまだしも、展開が謎すぎるというのはさすがに。予算の問題か、フレーム数もケチってたし。原作一巻しか読んでないが、アンジェリカとの出会いから始めるなら素直に出会うきっかけとなった事件(原作に収録されている?)の方からやればよかったのに。もしくは普通にすでに出会っている前提で始めるか。というか俺のアブリルが後回しなのはどういうことだ?

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とりあえず文章にすると自分で否定しやすいのもまた事実。

前の記事のようなのを中二病と言います。自分で言うのもなんだがおそらく本格派だ。

みんな大なり小なり同じようなところはあるのにねー。自分だけの特別な問題だとでも?

という事実を慰めに使うのはあまり好きじゃないだけれど。

空気がきたなくて息苦しいのはみんな同じだとわかったからって空気が美味しく感じるようになるわけじゃないよね。

自分は自分。周りとか大衆と比較して自分を処理するのは好きじゃない。

取りようによっちゃあ、自分さえよければいい、と言っているようでもあるが、そこはケースパイケースさ。

喩えを替えようか。自分を含めた100人中、自分を除く99人が歌が万遍なく上達したからって、自分の音痴が何もせずに治るわけじゃない。

自分を変えるのは自分。自分を最終的に処理できるのも自分だけ。

とはいえ、他人からエネルギー吸わなきゃやってらんないのかもしれない。こうやって他人を拒否しながらも心のどっかでは踏み入ってこられることを期待している。のではなかろうか。んん?

かもしれない。かもしれない。器は一つきりのくせに自分は数えきれない。

時々「カノジョほしー」ってぼやいてるやつらの気持ちがわかるような気がする。今はそのテンション。

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本音のつもりで書いてはきたが

結局のところ俺は自分の本音がどれかってことが全く分からない。

ここも某氏に言われて、ここに書いてあることは「俺」という俺の主観の切れ端のような一部分であり、ここは尿瓶だ痰壺だと明言(ページ右上)してみたが、実際のところ本当にそうなのかどうなのか分からない。ここに書いてきたことの中には血も涙も混ざっていた気はする。ごっちゃになってるし、ごっちゃにしてる。

というか、どれもこれもあるときは涙でありあるときは小便であり、またあるときは血潮であり、またあるときは生臭さを合成しただけの贋物だ。

すごいぞ。俺の中で「これが本音だ!」って全肯定してみせたことが三時間後には俺の中で否定されてる。そして新しい「本音」をこさえてそれをまた小便に変えて、の繰り返し。そのへんは全部テンションやら体調やらによってコロコロ変わる。どんどんくつがえる。

いや、この三時間なんてスパンも大嘘だ。実際は半日だったり五秒だったり、発言する直前だったりすらする。四度五度と飲み込んでやっと言葉にして後から自分で否定して。いいや、否定しながら発言したことも二度や三度じゃない。

おい、本音はどこだ?

真実はどれだ?

こうやってキョロついてるのすらパフォーマンスか?

外部から見える自分はどれもこれも否定され得る。他ならぬ自分自身によって。

そうかもしれない。違うかもしれない。

そうではないし、違ってもいない。

「俺」は流動する。なぜか流動する。無用にも有用にも。

昔からその気はあった。そういう自分をときには誇った。しかし、年々激しくなるその複数の軸を持つ乱流に、衰えを見せ始めた器は次第に砕けようとしているらしい。「らしい」なんて他人事みたいに誤魔化さないと書けない自分が惨めすぎて笑えばいいのか泣けばいいのかどうでもいいのかもよくわからん。

なんか意味ありそうだからこんなこと書いてみたが、明日も同じこと考えてると思ったら大間違いだ。

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俺が首突っ込むと基盤の創作論のレベルからすでに意識の齟齬が生じてくる。俺は何が悲しくてそれを抑えながら議論に参加してるの?バカジャナイノ?

ついったーではいろいろ呟いたがむしろあの議論で爆発しかけたのは長編書きなりの鬱憤よ。

だって本当に面白いものを書こうとしたら、俺なら20ページなんて半分序章に消えるよ?

だから、まあ、ね、俺はもう本はいいや、缶もいいや、個人誌ばかり出そう、って割り切ってたつもりではあったんだが、溜まるものは確実に溜まっていたようね。

俺だってオフセットに参加したいわ。

しかしだからって規定に合わせた駄作書くわけにはいかんだろ。そんなに時間も体力もあるわけでなし。

その俺がもし50ページの作品でも本に出していいってんなら泣いて喜ぶぜ?

で?実際に50ページの作品出して総ページ数的に切られそうだったら事前合評会終わった時点で切ってほしいよ。

その状況で本〆切までに書き直してこい?長編書きナメてんの?

その二週間のスパンどぶに捨てろって?

次の本狙って半年使うにしてもそれに二週間加算されるされないは馬鹿みたいにでかいよ?

また二週間でテコ入れした作品に再び半年のテコ入れし直すってどんだけ効率悪いんだよ。

それとも自主退場推奨?モチベーションの話したよね俺?

……という具合に、長編書きの「本に出したい欲」がかなり暴発しかかったわけだ。

もっと言えば、正直次の本に出せるという救済措置に魅力は全く感じない。その半年利用して全く別のもの書くに決まっている。

昔から信じている名言があるのだ。

「今書けるものは今しか書けない」

って、考え方の指標にしてるものがどれもこれもだいたい主観的な要素が大きくて、しかもその点に無駄に気がついてしまうものだから自分でブレーキをかけてしまう。結果言葉が出なくなる。そしてもやもやする。鬱憤に加算される。爆発しそうになる。爆発を抑えるのに精神を裂く。gdgdになる。という流れ。

またここだからガキみたいなことも言うが、本気で活動してる人間が優遇されない現状に対する不満は確実にある。見て見ぬふりして見えてもへいちゃらなふりしちゃいるが、ふりじゃないと言ったら間違いなく嘘になる。そして確実に蓄積している。

オレンジが似たようなこと言ってたさ。今のままだと優遇されるのは一年生が生まれて初めて書いた3、4ページの詩だろう、ってな。

いやもう気にせずな、個人誌すら究極的には出さなくていいだろ、俺は。全部公募に回せや。何度も言うが、時間も体力もそんなにないんだから。

じゃあなんで助力してんの?と誰かにツッコまれそうだ。

俺だって訊きたいよ。研究室の方は平気で迷惑かけてるくせにサークルは何なの?

というか現在助力せざるを得なくなった原因は、先週誰も発言しないのを見るに見かねて発案してみたことから始まる。

実際俺は自重の構えだったんだがなあ。土俵に引きずりあげられた印象。

だって話進まねえんだもん。下が上に発言任してんのも気に入らねえし、上が任されるままにくっちゃべってんのも気に入らねえよ。下が決めていくべきことに極力上から首突っ込みたくねえんだよ。それは決して面倒だからじゃなくて、上がしゃべると上同士でしゃべり始めるのが嫌いなんだよ。

ってこれ打破できないのが現状ですか。ああ、もう、考えるのやだ。

そうそう、時間と体力といえば、転学部を希望しました。

いやはや、あの日のTLの俺は本当に道化だったな。

某氏に教授へのメール送信時間のことを指摘されて何を踊り狂っとるかという話。

実際は全くその発想はなかった状態で心底びっくりしていたというに、無理に開き直って見せちゃって。ばかなの?

教授にダメって言われたらどうしよう。まじガクブルだし。

まあそうなったらどうしようもないんだけど。その場合の方策は今は考えたくない。まだ結果も見えてないわけだし。

ああ、できれば社会の歯車になりたいなあ。そのためにずっと書いてるんだけどさ。俺がようやく見つけた方法だから。

一日に一作書けたらって、考えてた時期もありました。

実際榊原先生みたいにまず一気にガーッと書き上げて、ちょっと冷ましてから書き直す、って方法が個人的には理想なんだが、どうにも最初のガーッが上手くいかない。

そこを一ヶ月とか二か月のスパンで終わらせられれば最高なんだが、全然だな。

【映画】 まとめるの遅くなってほとんどツイログ頼りという体たらく。この趣味もどうして続けてるのかよくわからない。本も読まずに。レンタルショップ5本で1000円しなくなったし、週4くらいに減らそうかしら。

『クリムゾン・リバー』ジャン・レノ萌え。相棒の方のアクションシーンが格ゲーのシステム音とシンクロしてたあたりは印象的。独立部落みたいな大学といい、小説みたいな世界観が妙に面白い。プロットはラノベ。

『犯人に告ぐ』犯人が期待してたよりしょぼくてというかむしろ痛くてお兄さんは不服。でもあんまりそっちに焦点当ててなかったし、あくまで「劇場型捜査」っていう過程をウリにしたと思われる。マスコミのストーリーへの絡ませ方・取り上げ方は面白かったので原作を一度読んでみたいかな。有賀の張り込みのくだりはごちゃごちゃしててわかりづらかった。何故有賀を監視しているのかという理由が特に。あとカメラばれるシーンはない、あれは酷い。トヨエツ兄さんははまり役。

『I AM LEGEND』CM見たときはシリアス押しだと思っていたがこれジャンルアクションだったのね。ゾンビものの変化球みたいな設定で、展開もまあ、普通でありがち。売り文句でうまいことやったね。まあ手に汗は握れる観れるアクション。埠頭で救出されるシーンだけは明らかにつじつまが合わないと言っておく。ちなみにヒロインは犬。

『ゲットスマート』This is the vest day in my life!!!! チャーター機から降りるシーンは声あげて笑った。007のオマージュがまたばかばかしくていいね。洋画のコメディはつくづく「オマヌケ」だなあ。ボケは無視されるか皮肉で返されるのが基本という。あの思ってることと逆のことを言うって表現方法は取り入れたい誘惑に駆られるものの日本人にはあまり理解されない。

『ラースと、その彼女』ハートフルストーリー、それ以下でもそれ以上でもない。性善説嫌いな人間にはお勧めしない。俺はたまに摂取すればいいかな。「人形くらいどうってことないわ!」が胸熱。ガスが自分の言っている「幸福」がとても主観的で視野の狭いものであることに最後まで気づかないのにはイライラしたが、気づいてしまうと「ハードルを乗り越えて受け入れる」というカタルシスが発生しないらしい。氷解より打破理論。ちなみにとある予告編では作品内容の捏造が観られます(笑)。

『雨の町』C級。指さして笑いながら観るもの。最初のラッフィングポイントは少年が橋から落ちるシーン。前が見えない状態で走っていたのがぶつかったガードのそこだけ腐食してた。上手い具合に。

『SEX AND THE CITY [THE MOVIE]』エネルギッシュ痛快ドラマ。あっちの恋愛観ならぬLOVE観みたいなものは好きな方だし、それを前面に押し出してきてるこの作品も嫌いじゃない。まあキャラものと言えばキャラもの。特に男がいい。ダンディでセクシーぞろい。ビッグマジビッグ。ニュヨーカーファッションが楽しすぎて雑誌を漁りたくなったがまだ実行に移してはいない。

『コンスタンティン』設定といい雰囲気といい、厨二の俺得。しかし観ててもどういうことか・何が起こったのかわかんないところがちょいちょいあって、そこで結構点が引かれてった感じ。厨二の条件反射で理解した分も含めると、普通の人間ではちょっとついていきづらいレベル。正直映画一本の尺に合ってない。180分フィルムにするか、シリーズにすべきだった。とりあえずサタンのとっつぁんのイケイケっぷりが見所。

『ノウイング』米映画のお家芸。いやむしろ話のスケールがでかくなりすぎて緊張感に欠ける。自己犠牲よりもっと熱血的な親子愛がぼかあ観たかったです。イラつく女をグッドタイミングで処分してくれたのは評価するが。

『アンタッチャブル』久々に身構えて観た。効果が少なくてCG処理もない分、構図やコンテにいちいち試行錯誤の跡が見えて非常にワクワクする。マローンマジポリスマン、と思いきやヤクザっぽい。それとは関係ないけど駅のシーンが好き。

『エコーズ』お手軽なサスペンスをサイコホラー風味で。音響の使い方は上手い。ホラーの区分としてはお化け屋敷の方法論に似てるな。驚かせというやつ。心臓には悪い。

『パブリック・エネミーズ』ドンパチ楽しいです。悪党美学的な題材の割には、おおかっこいいと思える箇所は少なめだったなあ。まあジョニーが表情だけでいちいちかっこいいんですがね。口とその周りの筋肉が面白く動く人だ。ハンサムともイケメンとも違う、洋風コワモテ。一番光ってたのはデリンジャーinシカゴ警察署。しかしあのシーン、ストーリーには何の関わりもなかった。まあ実在したデリンジャーという人物のことを描いた作品なのだから、最終的にデリンジャーのかっこよさに結び付けばよいのだろう。むしろ注目すべきはパーヴィスと思わないでもないが。

『犬神家の一族』2006ver。真相を知っている身としては思いのほか伏線があからさまに見えることが気になってしまった。松子おばさまはすごかったがね。なんだあの浮世絵みたいな人。

「実話をもとにした作品」の中では今のところ『戦場のピアニスト』がダントツ。

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BDは200円だとかでレジで店員にDVDを推薦されたんだがそれは店としていいのか?あえて選ぶ価値などBDにはないよと暗に言われた気がするんだが……。

新しいことは特にない。ビデオ屋が100円レンタル開始したことぐらい。

低価格競争乙だな。投資しとかないと後が怖い。

クリスマス号には結局出すことにしてそして結局後悔している。実に情けない。

作品の中身が云々ではない。自ら微妙だと思うものにGOサインを出したことを後悔してしまっている。後悔することがわかっていてしたこと自体を後悔しているという二重底。

「出した以上は~」ってそりゃポーズの話だからなあ。せずにはおれぬというやつ。

時間がたてば愛着みたいなものが見えてくるかもしれないって期待がなかったと言えば嘘になるが結局そんなことはなかったぜ。

笑いが取れるわけでも大したことが言えるわけでもない俺がお話で下手うっちゃダメだろう。

 

本業はどうか。幾分かマシにはなってきた。

 

【映画】 と某女史にお貸しいただいたゲキシネも。

『蜉蝣峠』ゲキシネだがとりあえず、プロの演劇というものをまともに観るのは初めて。ではないな。TVでならお江戸でござるをずっと見ていた。しかし今観るとなるほどと思うことがいろいろ。セットや仕掛けも興味深かったが、やはり役者役者役者なんだな。演劇好きに役者好きが多いのも頷ける。クライマックスからラストは非常に俺得だな。古典的な人間悲劇に垂涎。それにしてもクドカンのギャグセンスは容赦ねえな……。

『チェンジリング』序盤で期待させられた割にそれほど熱いものでもなかったという。前半が上り坂で後半が下り坂というきっぱりとした分かれ方はこの尺でやられるとだれる。まあノンフィクション的なものにストーリーの贅沢を求めても詮無いか。でもあのガキンチョの真相はちょっとだるい。事件簿ではなくコリンズ夫人の自伝として観よう。コリンズ夫人を観察しているとそれなりに面白い。とびきりでもないが。ちなみに撮り方はなんとなく古臭くて心地いい。暗がりの白い顔こわすぎ。

『THE DARK KNIGHT』悪強すぎワロタ。鬱展開パネエよ。正義に対する不審とか正義における二律背反とかパラドックススパイラルとか厨二の琴線に触れまくりだ。またジョーカーのキャラクターが興味深いね。必然性をクリアした上で掘り下げがされてないんで、妄想のし甲斐がある。故ヒース・レジャーの演技も神がかってた。口の中みちゃみちゃさせながらしゃべる様子とか、あんたアメコミの悪役やってる場合かよ。主役が喰われてんじゃねえか。他で感動したのはバットモービルからバイク出たのとそれの性能ぐらいだぞ。

ちなみに、吹き替えが酷い。声優はまだ、劣るとも聞けるレベルだが、台本がどうしようもない。美点を挙げれば字幕よりも話が分かりやすいことのみ。字幕で観た後吹き替えで観ると、謎のコミカルさにどんどんイライラしてくる。

『山のあなた 徳市の恋』1000円興業の話を聞くとなるほどとは思うものの、つまり低予算に見合う作業でこれだけ撮れたのは評価できる。純文的なプロットもほどよく濃厚。まあリメイクだし、ということを配慮しても気分のいい映画。細かい点で削って言った場合の評価は少し心配だが、まあいい。俺が気になるのはロケ地の所在だ。

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川底を眺めて岸を忘れ。

さて、選択肢は4つ。

1.休学

2.復帰

3.文転

4.就職

1は問題の先延ばしに過ぎない。が、時間を得られるというのは大きい。

2は正直あまり希望を持てない。

3は1と本質的には同じ。文系の人達の話を聞いてて興味が湧いただけのことでもある。こちらへ行って現状の繰り返しもあり得る。

4は現実的ではないが2より希望を持てているのだからたちが悪い。

だらだらと悩む。現実的には1か3か。しかし2以外は逃げではないかという強迫観念。今から2なら五年で卒業に間に合う現状。奨学金のこともある。しかし強迫観念こそ逃げかもしれない。そういう負の螺旋。

オカンめ。急かすような意見の求め方をしといてゆっくり考えろなんて、どんな焦らしだ。

とにかく今は判断材料を集めねば。

 

クリスマス号の原稿は一応完成。しかしページ制限超過のため部内閲覧用ファイルへ。

正直自分でもなんかよくわからんものができあがったので、印刷してもらうに恥ずかしくないかと言われれば微妙。一貫性に問題があるかもしれない。こちらとしても肩慣らしのつもりだったので、サークルのアレコレを基準に書きあげたという事実だけで満足している。取り戻した調子を本業に繋ぐ。

 

週刊文春を買う。政界は聞いていた以上に大変なことになっていた。ちょっといろいろギャグに留めておいてほしかった。

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